人生目標の強制的逸脱

 午後6時すぎ、晴天。気温18~28度。暑い一日であった。しかし、体感温度は高くない。部屋のなかに閉じこもって、終日部屋の片付けをしていたので、気温がはっきり判らなかった。

 今年に入って、新型コロナが流行しだして、私は自分を見失っていた。コロナに罹らずに生き残るだけで精一杯であったが、それにしても、自分を見失っていた。今も、まだ、本来の自分ではない。コロナを気にして、一日がはじまり、そして、終わってゆく。それの繰り返しである。家のなかにいてもコロナに支配され、宅配便が来ても、郵便が来ても、コロナを感じてしまう。コロナは空気中を漂い、そして、いろいろな物に付着している。とくにプラスチックでは寿命が長く、3日は生きていると言う。紙類でも24時間は生きているらしい。コロナは石鹸で殺すことができるそうで、宅配便が来ては石鹸で手を洗い、郵便物を受け取っては石鹸を使っている。まるで、自分以外は黴菌扱い、ウイルス保菌者扱いであるが、しかし、これは事実だろう。淋しいことだが、私も、他人から見れば黴菌、コロナウイルス保菌者に見えるにちがいない。

 今年は、大相撲夏場所が中止となり、富士登山も、隅田川花火大会も、甲子園もなくなった。人々は人生の目標を失い、強制的にコロナウイルスに向き合わされている。ほとんどすべての楽しみを奪われて、危険な労働だけを強制されている。

 われわれは、どこへ向かっているのだろうか。見知らぬ生活パターンに落とし込められ、身動きできないでいる。