現実的な今日

 午後4時前、晴天。気温20度ほど。部屋の中ばかりにいると、鬱々としてくるので、陽光をもとめて自転車に乗り、妙正寺公園へ行ってみた。公園は、私の部屋から10分もしない所にある。考えてみると、随分近所のはずであるが、どう云うわけか近所と云う気がしていない。併し、実際は自転車でも10分もしないで着き、ほんとうは、早くペダルを漕げば5分ぐらいで着いてしまうのかもしれないが、気持ちのなかで遠方と云うことにしてある。

▲造られた景色であるが、やはり水面を見ると、心が落ち着いてくる。
 写真を撮る趣味はないが、公園へカメラを持参してみた。目的がなくて写真はなかなか撮ることができない。凡庸な感性なので、鋭敏な写真は撮れない。ついつい綺麗だな、と思えるものにレンズを向けてしまう。池の中では、亀たちがゆっくりと手足をうごかして泳いでいる。

▲陽に照らされて躑躅の花が輝いてみえた。
 公園の運動場では、母親に連れられた子供達が歓声をあげて遊んでいる。のどかな午後の景色である。併し、ひとつ間違えば、今このときですら、この青い空からサリンVXガスが降り注いだり、一瞬にして、この公園の子供達や私が核の炎に焼き尽くされてしまうことが現実に起きるかもしれない。併し、そうは言っても、まるっきり現実感はない。どれが、ほんとうで、どれが本当でないのか判らなくなってきている。
 平凡であるが、かけがえのない日常が、一瞬にして毀されてしまう現実がある。運命をおもちゃにしている者たちがいる。私たち非力な平和愛好家は、どうすればノーと言うことが出来るのであろうか。