続・介護生活

 午前11時すぎ、晴天。三島市の気温は27度までゆく予想。10月とは思えない暑い陽気である。
 昨日は、梯子に登って、外壁の一部にペンキを塗って修繕をした。併し、色調が合わず、二度塗料販売店に自転車を走らせて苦労した。しかも、まだ色具合がよくないので再度塗らねばならない。ペンキ屋の仕事は簡単ではないと実感している。
 三島市では、粗大ごみを個別に市役所で回収してくれるシステムが開始されて、しかも一回2000円で100キログラムまで何度でも面倒をみてくれる。民間の業者にくらべて安価である。併し、なんでも引き受けてくれるわけではなく30センチ以下の物は持っていかない。30センチ以下の粗大ごみは不燃物として指定日にゴミ集積所に出さねばならず、やはり煩雑さは改善されない。民間と公共と、一長一短であり、使いようである。
 函南町の山地にあるコンテナハウス等を確認したいが、大場駅から山に向かう路線バスがないことが判った。これは函南町役場に直接訊いたので、たしかな話で、地域を走るワゴン車のバスもないとのことである。目的地にゆくには函南駅からタクシーに乗り、片道3000円強を払うしかなく、つくづく僻地であると思った。
 週に二回、介護ヘルパーが入り、週に一回、看護士が入る。父の介護は順調にセッティングされつつある。そして、軽自動車の廃車手続きも進んでいる。もうすこしで、やっと普通の人たちの介護負担程度になる。と、言ってもマイナスの状況はかわらず、すべてが片付いて、やっとゼロ地点になるだけである。
 思えば、人が、人の世話をするなど出来る話ではない。自分の世話にしても十分に出来ないことを思えば、親であっても、出来ることではない。それは子供の世話をするにしても同じことで、やはり満足のゆくことは出来ない。老人介護と子供の養育は似ているかもしれない。子供の場合は、産まれてから物心がつくまでは親が何事も考えてやらねばならず、老人の場合は、死にむかって段々こちらが判断する機会が増えてゆく。子供の場合は、成長してゆくのを見る楽しみがあるかもしれないが、老人の場合は、病み衰えてゆく姿を見てゆかねばならず、介護する楽しさはなく、苦痛と疲弊が待っているばかりである。しかも心の拠り所が死であるならば、それはそのまま地獄、煉獄であるかもしれない。・・・こう云う思いを抱きながら日本全国では介護をしている人たちが600万人以上はいる。