百輭短冊

 午後10時すぎ、曇天。本日の日中はわりあいに暖かであった。思えば、もう3月になってしまって、私としては、まだ1月末ぐらいの気分でいるが、どうやら世間の時間の調子と合っていない塩梅である。
 先日、偶然にも内田百輭の短冊を入手することになった。これは、まあ、狐狸にでも騙されているような話であるが、ひどく安価で入手したから百輭は百輭でも偽の百輭の公算が高い。それから漢文の文章のなかの「忘」の字がなく、わすれているのか、または意識して書かなかったのか判らないが面白い一品である。併し、兎に角、偽物かもしれないが我が家に百輭翁の揮毫短冊が額縁に収まっているのは愉快である。本物であると嬉しいが、偽物でも楽しい。兎に角、偽物としても、もうこの一件に関しては出費しただけの楽しみは満喫したので怨みはない。

額縁と、その送料のほうが、よほど短冊の出費より高いのが面白い。