路上女性裸体像について

 午後7時半ごろ、曇天。本日の最高気温18度。土浦の街中に佇むと暖かく、霞ケ浦沿いを行くと、湖の風が強くてダウンジャケットを着ていても暑くない陽気であった。

 土浦市港町の桜並木をマキコとふたりで自転車に乗って見に行った。行く途中で、突然、路上(歩道)で女性の裸体像に遭遇した。まったく意図しない裸婦像との遭遇であった。私は、瞬時に戸惑いと、はげしい羞恥心が起こった。裸婦像は、その場所に相応しいとは思われず、路上であったこともさることながら、春の陽気の、物見遊山での心持ちとは、とても相容れなかった。

 では、この裸婦像は、どの場面、どこであったら相応しいのかと云うと、私には確定した答えはない。たぶん、どこにも相応しくなく、裸婦像に限らず、男性裸体像も、今の時代では、どこにも相応しくないのだろうと思われる。偉人などの銅像に限らず、特定の人物を顕彰したり、または押し付けのプロパガンダも不要の時代である。

 裸婦像を見て、私は、森元首相の女性蔑視発言を思い出した。どのように言い逃れようと女性蔑視の視線は隠しようがない。それは、森氏ひとりの問題ではなく、古い、旧時代を生きてきた者たちは悪癖をぬぐうことは出来にくいのかもしれない。

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土浦市港町の桜並木の風景。港町は霞ヶ浦にコブのように突き出た町であり、霞ヶ浦沿いに土手のように遊歩道が整備されていて、そこに桜並木がぐるっと一周するように植樹されていて見事である。