歯科医院通い

 2月28日、午前4時ごろ、雨天。気温摂氏8度。この頃は、毎週金曜日の午後4時になると歯科医院に通っている。わたしには、あまり苦手なことがないと思っていたが、歯医者に掛かるのが、ここ5年来の心痛事になっていた。たしかに歯医者に行くのは億劫であったが、わるい歯でも痛みがなければ知らぬふりしていたので、歯医者が苦手であることを忘れていた。
 何故、歯医者が苦手であるかと言うと、わたしの場合、歯の治療が痛いとか、麻酔の注射を歯茎に打たれるのが恐ろしいとか言うのではなくて、歯の治療で口を大きく開けているのが出来にくいことに関係していた。では、何故口を開けていられないかと云うと、私は通年性の花粉症で文字通り一年中鼻が詰まっているからであった。鼻が詰まっていると口で息をするしかなく、口を治療でふさがれては息ができず苦しい。と云うわけで、わたしは好き嫌いは別にして、わたしと歯の治療とは無縁になったと決めていた。
 併し、急遽歯が常ならず痛みだした為、歯医者に行くことになった。また併し、歯医者に行くと決まっても鼻の詰まるのは変わらないので、鼻のとおりをよくする工夫が必要であった。わたしは鼻詰まりを解消する薬を金曜日の午後2時まえに嚥み、また全身の血行をよくしておかないと腹部に違和感が出て、げえげえと吐きもどすようになってしまうので両腰に使い捨てタイプの懐炉を貼って、それを抑えた。これで理屈としては鼻づまりを治して鼻で息をして血行もよく歯の治療ができる筈であった。
 金曜日の午後4時、わたしは歯科医院のソファーのような作り付けの長椅子の一隅に腰掛けていた。若干自分の鼓動が早いのがわかる。ひとり、ふたりと先に来て腰掛けていた患者たちが診察室に入ってゆき、いよいよ次はわたしの番だと思うと尋常でない動悸になり、こんなふうになるのは何年ぶりだろうと思った。(つづく)