睡眠難民1

 午前11時すぎ、曇天。本日の最高気温29度。ひさしぶりに暑くなる。雨があがり、日差しも強くなってきた。

 先日の日曜日は受難の日であった。受難の予兆は、その日の夕方に、家の裏の鬼蜘蛛の巣にトンボか掛かり、トンボが大きな蜘蛛に襲われ、ぐるぐる巻きに白い糸をまかれ、蜘蛛に、蜘蛛の巣の端の、家の軒下の暗がりに連れていかれるところから始まっていたようであった。

 受難は、騒音と云う形で私たちに襲ってきた。トンボの受難を目撃してから暫く経った頃であった。騒音は、隣家の農家の、送風機の音であった。もっとも、送風機であることを知るのは、もっと先であったが、その時は、音の感じから送風機を想像していた。

 騒音は止まなかった。午後7時ごろに、私たちは騒音のなか夕食を摂り、私は、送られてきたジャクソン・ポロック画集のテキストを読んでいた。たしかに、テキストを読んでいて騒音のために集中できないことはなかった。まだ、午後7時すぎであったので許容できる範囲であった。もっとも、騒音があまりに大きいので、音の発生源を確かめるべく何度か屋外に出て、隣家の建物であることを確かめた。騒音は建物全体から響いていて、建物の一部からではないことが判った。とにかく、うるさ過ぎて、建物の横に居続けることは出来ないと感じた。

 部屋のなかに戻って、騒音の大きさを確かめた。屋外よりは幾分音は小さい。併し、生活音とは思えない騒音を、ただ耐えるだけでは納得がいかない気持ちもあった。

 騒音は止まなかった。もう、止むだろう、もう少しで止まるはずである。そう思って辛坊していた。併し、時間は午後10時をまわり、もしかしたら、送風機を止めるのを忘れて、または、なにかの事情で送風機を止められないのでは、と想像がめぐった。もしかしたら、コロナで倒れているのかもしれない。

 そう思って、午後11時半すぎ、私たちは隣家に赴き、暗い玄関のベルのボタンを押した。非常識な訪問である。併し、隣家に変異が勃発していると思っていた。

 しばらく、佇んでいると、隣家の玄関の奥に灯りがともった。隣家の主人らしき男性が出て来た。灯りの逆行で、主人の表情は見えない。こちらの訪問の訳を話すと、隣家の主人は、憮然と、稲を乾燥させていると言った。そして、止めるのを忘れているわけではなく、これから夜通し乾燥させるのだと言い放った。私たちは絶句して、そして、引き上げて行った。