釣具三昧2

  午後4時半すぎ、晴天。最高気温摂氏28度。もう、すっかり夏のようだ。こう云う陽気の日は、絶好の釣り日和である。併し、近頃は、昼夜逆転にちかい生活なので、超早朝ごろ就寝、昼すぎの起床であるので、朝まづめ、夕まづめと言われる絶好の釣り時間を逃している。もっとも、夕まづめは確保できそうであるが、それだけでは物たりない。釣り場に到着して、釣りをはじめても、すぐに夕方になり夜になってしまう。バスの夜釣りもあるそうだが、私は一度もやったことがない。だいたい釣り場は照明がないことが多く、水際で足場もわるくて夜釣りは危険である。それに魚が掛ったとしても、よく見えずヘッドライトのわずかな照明では水面も不鮮明で、釣れた魚のうごめきも不気味だろうと思う。だいたい目に見えな釣りはつまらない。私は、ルアー(疑似餌)を投げて、水中でルアーをうごかすよりも、水面でうごかすのが好きである。これは、ひとつには水中にルアーを投じると水中の倒木などにルアーの釣針が掛って、倒木から取れなくなり失われることがあり、水面だとルアーが失われることがほとんどないからである。それに水面だとルアーの動きが目で見てわかり、ルアー釣りをしている実感がつよく、水中だと弱くなる。水中のルアー釣りは、目をつぶって手探りで道をあるくのに似ている。私は感触よりも視覚を大事にしたいと思っている。

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 上掲の画像は、アメリカ製ヘドン社のルアー ラッキー13(ウッド製)とアメリカ製のスピニングリール AIREX社のSpinsterである。私は、最新の釣具よりもアンティークな物を偏愛している。

釣具三昧

 午後9時半すぎ、曇天。気温12~19度。寒いような、暖かいような感じである。

 この頃は、日々釣具に興味をもって生活している。それは興味と云うよりも、ほとんど釣具の存在が、生活そのものになっている。つまり、あけても暮れても釣具のことばかりである。私の場合は、ルアー釣りに関係する品物に関心があり、特にブラックバスと云う魚を釣るための道具にただならぬ関心がある。それから、鱒を釣るための道具にも関心があり、今よりもすこしまえに異様な関心を示していたが、今はやや関心が薄くなってブラックバスの釣具のみに集中している。

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 上掲の釣具は、釣竿はシマノ製のバンタムPG-602-Lで、リールはスウェーデン製のアブ アンバサダー5500Cである。

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 この釣竿は、以前所有していて、そして、失い、この度改めて釣竿とリールの邂逅であった。こうして40年前の願望を実現できると、感慨無量である。長生きと、品物たちとの出会いに感謝したい。・・・物欲と言ってしまえば、たしかに、その通りである。が、品物を愛でる気持ちが無くなるのは恐ろしいことである。形あるものに執着して、すこしでも、この世での思いを充実したものにしないと生きてはゆけない。私の場合は、形のないものよりも、形のあるものに執着せずにはおれない。

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 それからアブの職人器質的なこだわりの造りと、また若干、スウェーデン王室御用達のマークが示す権威主義的なところもあり、それらに寄り添う気持ちも不都合ではない。たいへん満足しているわけである。

 

散歩にでる

 午後9時半すぎ、曇天。気温摂氏16度ほど。いよいよ春らしく暖かくなってきた。こんな日は、池や湖に行って釣りでもしてみたいが、東京在住だと、なかなか釣行も簡単ではない。東京近郊の釣り場だと、バス釣りでは奥多摩湖津久井湖多摩川中流域から下流域、荒川の上流域などで、阿佐ヶ谷からだと簡単には行けない。鱒釣りは、やはり奥多摩周辺など、あとは管理釣り場と言われている所になるが、それも簡単ではない。どれも、これも簡単にはゆかないが、今まで釣りのできる環境から遠ざかっていたので、いま思い立ったからといって、すんなりことが運ぶものでもない。

 今は釣行はあきらめて、ひとまず新宿の釣具屋にでも行こうと思ったが、時計を見ると、もう午後も3時になろうとしていたので、釣具屋ゆきもあきらめて、ただの散歩に出かけることにした。徒歩だと近所しか行けないので、自転車に乗って、いつもの景色とちがった物をもとめた。

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 阿佐ヶ谷の街の、十字路の角の三角形の土地に建っている家屋であるが、土地の面積が恐ろしく狭い。所謂、狭小住宅であるが、狭小のなかでも、一、二を争う狭さである。三坪ないのではと思える。

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 併し、建物自体は木材を使ったおしゃれなデザインで好感が持てる。

木版漫画「蜜柑」が、すこし掲載!!

 午後11時すぎ、曇天。気温摂氏10度。この頃は、暖かいと思ったら、寒い日が続いて軀をこわしそうになる。

 昨日、京都のミネルヴァ書房より献本が届いた。「あの子どもたちが変った驚きの授業 授業崩壊を立て直すファシリテーション」と云う書名の本である。この本は、京都大学教授の木原雅子先生の著書で、教育関係者向けに書かれたもので、この書物のなかに木版漫画「蜜柑」のコマ絵が掲載された。

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 今まで、新聞、雑誌、カタログなどで掲載されるときは漫画ページの全体が掲載されていたが、今回、漫画をこのように単コマで掲載されると、また趣きがちがって、これはこれで面白いものだと思えた。

 それから、今回の刊行された一書は、木原先生が中学生を相手に学習授業をされたようすを記録したもので、木版漫画「蜜柑」を中学生への学習教材のひとつとして取り扱って頂けたことは、とても光栄なことであった。まさに木版漫画の文学作品の刊行の動機は、学校教育の一助たらんことにあった。できれば中学生だけにとどまらず高等学校生、大学生へと木版漫画の回覧の機会が増えてゆくことを願っている。

 

「令和時代」到来

 午後2時前、曇天。部屋の中の片付けをはじめてひと月以上経つ。いまだ整理がつかず大量の荷物に閉口している。

 混沌とした部屋の中で新時代到来の声を聞いた。新しい時代は「令和」である。大方の予想に反して意外な「令」の文字がつかわれ、「令」は命令の「令」であるとか、安倍政権の右傾化を危惧する声とかあるようだが、私としては、「令」の文字にニスイをつけると「冷」になるなと、咄嗟に思った。が併し、そのような指摘は見当たらない。「冷和」・・・ネット記事のなかには、世界的規模での二極化する格差社会到来がある。資本家と単純労働者だけの社会らしい。労働者は、マニュアル仕事で、二週間もすれば仕事を覚えられ、頭脳労働から切り離される。頭脳労働はIAが担当するらしい。弁護士も会計士もAIがやり、労働者は機械に管理されてゆく。2030年頃には、そう云う世界が展開されているらしい。たしかに人間型ロボットの開発はめざましく、運動能力は人間並みになってきている。このロボットに頭脳が搭載されれば警官や兵士の担当は人間でなくともよい。冷徹な警官に虐待に近い扱いを受ける人間。それを操作する資本家。寒々しいSF的世界が展開されているが、今は、これが現実とは思えない。併し、実際、新規開店のコンビニは無人化され、商品購入もカード決済で、貨幣は使用されない。そして、無人のバス、タクシー、トラック自動車が走り、だんだん世界から人間の姿が消えてゆく。極少数の資本家だけの世界が始まろうとしているのだろうか。