虚偽に虚偽をかさねて

 午後9時すぎ、曇天。気温21~24度。一日中湿気がひどく気分がわるくなる。エアコンの除湿を入れると、今度は肩が冷えて痛くなる。

 連日の韓国関連の報道に注視している。今回の韓国による「徴用工問題」、この名称はあきらから韓国による作為的な虚偽の名称であるので、日本のマスコミや日本人のひとたちは「捏造徴用工問題」もしくは「大東亜戦争以前の朝鮮半島出身労働者に対する待遇問題」と言って頂きたい。

 私としては「捏造徴用工問題」により、ようやく韓国という国に関心を持ったが、それまでは日本国内の在日朝鮮半島出身者や、その子孫が暮らしてるぐらいにしか把握せずにいた。そして、在日の芸能界関係者や朝鮮半島出身者の二世、三世のひとたちがタレントや歌手をしているぐらいにしか関心がなかった。つまり、朝鮮半島は近くても重要ではなく、関心が持てない場所であった。しかし、ここに来て俄かに朝鮮半島がうるさくなっている。このうるさい、鬱陶しい感じは日本とは無関係のところで発生していて、それは、ひとつには北朝鮮の核ミサイル問題、そして、韓国の左傾による日本への難癖をつけてくる問題である。どちらの問題も一朝一夕にかたのつく問題ではなく、しかも始末が悪いことに朝鮮半島人気質に由来しているらしいことである。かの福澤諭吉先生も指摘していたとおり朝鮮半島には係るな、というところだろう。先人の助言は肝に銘じるべきである。

 「捏造徴用工問題」だけに留まらず、「捏造慰安婦問題」「竹島不法占拠問題」「自衛隊航空機レーダー照射問題」「日本海軍旗誹謗問題」と問題は山積している。ひとつひとつを丁寧に世界にたいして日本は説明し宣伝をしていかないといけない。なにしろ相手は嘘つきの韓国である。

 虚偽の国、韓国にたいしては、どうすべきか。これは日本人ひとりひとりが面倒でも考えてゆかなければならない。

韓国訴訟問題

 午後1時、雨天。気温摂氏19~25度。じめじめとした日が続いている。 

 時事政治問題は、このブログでは話題にするのをやめていたが、もう一度はじめる。時事問題を書かないと、私の場合、特段書くことがなく、ページが長期間沈黙してしまうから。沈黙は美徳と感じていたが、火付、盗賊の類いがうろうろしている時勢では黙ってもいられない。

 北朝鮮、韓国に関しては、特に話題が絶えない。書かなければならないことだらけである。もっとも、私の場合は床屋談義となるが。

 「大東亜戦争時における韓国女性性風俗労働問題」と「大東亜戦争時における韓国人労働者問題」である。ここでは韓国が主張している問題提起の文言は使わない。日本のマスコミも韓国の言うことを鵜呑みにせずに自分で考えて報道すべきである。すこし考えれば韓国の言うことがおかしいことは気がつくはずである。

 今回は「大東亜戦争時における韓国人労働者問題」を考える。

 私は、以前テレビ報道で韓国労働者の銅像が映ったときは、韓国女性性風俗労働者像のパロディ像を、韓国のお笑い芸人が悪い冗談として銅像をつくったものだと思った。すくなくとも日本の視聴者のほとんどは私と同感であろうと思う。なぜならば、炭坑夫設定の労働者像なのに、これ以上ないほどに痩せ細った姿は哀れをさそうと云うよりも笑いをさそうものであり、韓国人があの姿を哀れとするのは想像力のない、現実の労働者を写していない銅像だからである。はっきり言ってあの銅像の痩躯では炭鉱の仕事どころか座職もできないだろう。まるで病身であり、銅像はでっちあげの捏造品である。あんな非力な者は働けない。実際の炭坑夫は筋肉隆々とした偉丈夫であり、韓国の主張が荒唐無稽な冗談であることがわかる。

 戦時中でも現在でも、日本国内で働く韓国労働者はいる。しかし、なぜ韓国人は、労働したことを負の出来事とするのか。だれかのために働くことは、どこかで会社に入って働くことは負の出来事であるのか。韓国人の思想は理解できない。自分のために、自分の利益にならないことは、すべて悪であると考えるのは病的な利己主義である。戦時中の炭鉱では不当な扱いはなく、賃金も支払われたと聞くが、それでも事実を捏造して、また金銭を要求するのであろうか。プライドはないのであろうか。自分が生きていることに誇りがもてないのであろうか。もし、そういうことなら、その者は犯罪者的気質の者であり、カウンセリングが必要であり、自己改造をするべきである。嘘つきや泥棒は改心する必要がある。(つづく)

版画堂カタログ124号

 午後5時すぎ、曇天。気温摂氏24~30度。雨の降りそうな曇天である。湿気がひどく、エアコンをドライにする。

 昨日、版画堂から「版画堂カタログ124号」が送られてきた。今回は、私の版画も掲載され販売されている。旧作品であるが、今では私の手許にもない版画が販売されているので貴重である。それから、木版漫画「羅生門」の冊子は、特別版で、ドライポイント、多色木版画刷り、手彩色によるオリジナル版画が一枚添付されている。

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 一枚でも多く売れることを祈願している。

 

上半期懐古

 午後2時すぎ、曇天。ときおり細かい雨が降っている。最近は、また自律神経が失調しているようで、軀のあちらこちらに異常が出て、閉口している。以前の不調の症状に加えて、今度は手足の痺れが追加された。今のところは、ごく軽い痺れで、散発的に起きるが、気持ちの良いものではない。

 今年は、年初めごろより半年間釣具熱にうなされていたが、どうやら、この頃では小康状態になったようだ。ひとつには、資金が枯渇した為であり、もうひとつは買うべき、または買いたい釣具を殆んど買ってしまった為であった。基本的に釣りはエアーであるので、まだ釣り場には行っていない。何度か釣行を考えたが、東京からだと釣り場は遠く、すぐに行ける状態にない。

続・釣具三昧

 午後4時まえ、雨天。気温摂氏22度。大雨になっている。併し、時折雨は止み、そして、また戟しく降っている。

 齢54にして、老残の思い。併し、まだまだこれからの話であろう。まだ入口にすぎないのだろうと思う。余生と感じて、どのくらいの時が経ったろうか。まだ自分が自分でいられるうちはましと云うことかもしれない。世間で捻じ曲げられてゆく自分と、呆けて自分でなくなる自分とでは、どちらがより辛いのだろうか。

 そんなことよりも今を楽しまなくては損をする。いま手許にあるちいさな喜びを手で集めてゆく。

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 上掲の画像は、ルドン製のルアー(スーパーソニック)である。すべて同形のルアーであるが彩色がちがい、見ているだけで楽しい。本来は釣り道具の疑似餌であるので水中に没して魚を騙すのに使うべきだが、安くない入手価格なので水没させるのは忍びない。たぶん、これらの高額なコレクション品は本来の実釣をはなれて鑑賞されるものなのかもしれない。実際、ルアーのなかには、ひとつで5万円以上するものもあり、それを釣竿をつかって水中に没するなど正気の話ではないだろう。もっとも、私のところには、そのような高額なルアーはないが、ルアーを水中に投げ込むまえに、ルアーに大金を投じることも正気の沙汰とは思えず、できないでいる。